何のためにやるのか

三句の法門の最初は、菩提心を因としです。

菩提心とは、悟りを求める心。もっと現代的に言えば、何を目指しているのか、何のためにやるのかという出発点です。

仕事でも事業でも、出発点はとても大事だと思います。褒められたい。儲けたい。有名になりたい。認められたい。勝ちたい。もちろん、そういう気持ちがまったくないとは言いません。自分にもあります。事業を続けるためには売上が必要ですし、生活するためにはお金も必要です。

でも、それだけが出発点になると、たぶんどこかでズレていく気がします。自分はなぜ、水間門前町で人力車をやっているのか。なぜ、人力車 誠屋を続けようとしているのか。なぜ、ブログを書き、Google投稿をし、YouTubeを始め、フォトプランやムービープランまで考えているのか。そこを何度も確認する必要があります。

誠屋にとっての菩提心

人力車 誠屋にとっての菩提心は、単に「人力車で稼ぐこと」ではないと思っています。

もちろん、事業として成り立たせることは必要です。でも、それだけではなく、水間門前町に人の流れを作りたい。訪れた人の記憶に残る時間を作りたい。「貝塚には何もない」と言われる場所に、新しい見方を作りたい。家族や友人、ふたり旅の時間を、あとから見返せる形で残したい。地域の可能性を、ただの理想論ではなく、現実のサービスとして形にしたい。こういう目的が、自分の中にあります。

まだきれいに実現できているわけではありません。むしろ、事業としてはまだかなり不安定です。でも、何のためにやるのかを見失うと、たぶん手段ばかり追いかけることになります。どう売るか。どう集客するか。どうバズるか。どう予約につなげるか。それも大事です。でも、その前に、自分は何のためにやっているのか。ここに戻る必要があります。

目指すものと、目指す心

三句の法門の話の中で、菩提心には2つあると整理されていました。

ひとつは、勝義菩提心。これは、目指されるもの。理想の状態や、到達したい世界のことです。

もうひとつは、世俗菩提心。これは、目指す心。その理想に向かって、本当に歩こうとする自分の意志です。

この2つは、事業にもかなり近いと思いました。たとえば、人力車 誠屋で言えば、目指されるものは、水間門前町に人の流れが生まれ、訪れた人が記憶に残る時間を過ごし、地域の事業者やお店にも少しずつ良い循環が生まれている状態です。でも、そこへ向かう心がなければ何も起きません。逆に、やる気だけあっても、どこへ向かうのかが曖昧だと迷走します。だから、目指すものと、目指す心。この2つをずらさないことが大事なのだと思います。

行動の根っこには、大悲が必要

三句の法門の2つ目は、大悲を根としです。

大悲とは、慈悲のことです。ここでいう慈悲は、ただ優しくするという意味ではないと思っています。苦しみを減らすこと。不安を軽くすること。欠けているものを満たすこと。人がよりよく生きられるようにすること。そういう方向性です。

慈悲には、苦しみを取り除く「悲」と、喜びや安心を与える「慈」がある。つまり、マイナスをゼロに戻す働きと、ゼロをプラスにする働きがある。この考え方は、人力車 誠屋のサービスを考える上でも大事だと思いました。

誰の苦を減らしているのか

ビジネスでは、よく「価値提供」という言葉を使います。でも、仏教の言葉で見ると、それは「誰の苦を減らしているのか」とも言えるのかもしれません。

たとえば、記念日フォトプラン。七五三やお宮参りの日、家族みんなが集まっているのに、誰かが撮影係になって写真に写っていない。朝から着付けや準備で大変なのに、さらに写真まで自分たちで撮らなければいけない。せっかくの記念日なのに、あとから見返したときに、家族全員の写真がほとんど残っていない。ここには、小さな困りごとがあります。

人力車 誠屋の記念日フォトプランは、その困りごとを少し減らせるかもしれません。家族全員で写れる。人力車に乗ることで、子どもが少し笑顔になる。水間寺でお参りした日の空気を、写真として残せる。これは、大きな社会課題の解決ではないかもしれません。でも、その家族にとっては、大切な一日の後悔を減らすことにつながるかもしれません。

ふたり旅フィルムも、大悲から考える

ふたり旅フィルムも同じです。

ふたりで旅に出たとき、自撮りではどちらかが撮る側になります。写真は残っても、会話や笑い声、ふたりで過ごしている空気は残りにくい。せっかく一緒にいるのに、スマホを向けることで、少しだけその時間から離れてしまうこともあります。

ふたり旅フィルムは、その小さな不便やもどかしさを減らすためのサービスでもあります。ふたりとも、その時間の中にいられる。自分たちでは撮れない自然な表情を残せる。帰ってからも、数年後にも、「あの日、楽しかったな」と思い出せる。これは、単に動画を撮るサービスではなく、ふたりの旅の記憶を残すための方便なのかもしれません。

地域に対する大悲

大悲は、お客様に対してだけではありません。地域に対しても考えられます。

水間門前町には、まだまだ活かしきれていない場所や可能性があると思っています。水間寺があります。水間街道があります。喫茶図書室があります。水間公園があります。古い建物があります。静けさがあります。鳥の声があります。緑があります。

でも、それらの価値は、まだ十分に伝わっていない部分もあります。「貝塚には何もない」「水間には何があるの?」「人力車でどこ周るん?」こう言われることもあります。そこには、地域の魅力が伝わっていない苦しさがあります。人が来ない。使われない。知られない。選ばれない。その苦を少しでも減らすために、ブログを書く。Google投稿をする。YouTubeで発信する。人力車を走らせる。フォトプランやムービープランを作る。地域企業と連携する。それも、自分にとっての方便なのだと思います。

方便を以て究竟とす

三句の法門の3つ目は、方便を以て究竟とすです。

方便とは、目的のために使う具体的な手段です。ただし、ここでいう方便は、ごまかしやその場しのぎではありません。相手や状況に応じて、苦を減らすために最適な方法を使うこと。そう考えると、現代の仕事や事業で使っているものの多くは、方便になり得ます。

人力車。写真。動画。ブログ。Instagram。YouTube。Googleビジネスプロフィール。SEO。AI。マーケティング。行動経済学。LP。Google投稿。地域企業との連携。交通安全のご祈祷の提案。喫茶図書室での打合せ。ふたり旅フィルム。これらは全部、手段です。

手段そのものが目的ではありません。でも、菩提心を出発点にし、大悲を根っこに置くなら、これらの手段はすべて方便として使えるのだと思います。

AIもSEOも、方便として使う

最近、自分はAIをかなり使っています。ブログを書く。Google投稿を考える。LPの文章を整理する。YouTubeのタイトルを考える。サービスの価値を言語化する。マーケティングや行動経済学を学ぶ。AIはとても便利です。でも、AIを使うこと自体が目的ではありません。AIは方便です。

SEOも同じです。検索順位を上げることだけが目的ではありません。本来の目的は、必要としている人に、必要な情報を届けることです。「貝塚 七五三」で探している家族に、水間寺でのお参りと人力車での記念撮影という選択肢を届ける。「貝塚 体験」で探している人に、水間門前町での人力車体験を知ってもらう。「大阪 日帰り」で探している人に、ふたり旅フィルムという新しい日帰り旅を知ってもらう。そう考えると、SEOも方便です。

Google投稿も方便です。InstagramもYouTubeも方便です。手段を否定する必要はありません。むしろ、使えるものは全部使う。ただし、何のために使うのかを忘れない。ここが大事なのだと思います。

手段から始めるとズレる

最近、自分が特に気をつけたいと思っているのは、手段から始めないことです。

どう売るか。どう伸ばすか。どう集客するか。どうバズるか。どう稼ぐか。どうSEOで上げるか。どうAIを使うか。これらは大事です。でも、ここから始めるとズレやすい。

まずは、何のためにやるのか。誰の苦を減らすのか。誰に喜びを増やすのか。そのために、どんな手段を使うのか。この順番が大事です。

ふたり旅フィルムも、ただ動画を売るのではありません。七五三フォトも、ただ写真を売るのではありません。人力車体験も、ただ乗車時間を売るのではありません。その人にとって、あとから見返せる記憶になること。家族の後悔を減らすこと。ふたり旅の空気を残すこと。水間門前町へ行く理由を作ること。そういう目的があって、そのための手段として、人力車や写真や動画がある。ここを忘れたくないと思っています。

成功しても苦しい人がいる理由

三句の法門を考えていて、もうひとつ印象に残ったことがあります。それは、成功しても苦しい人がいる理由です。

売上がある。知名度がある。影響力がある。地位がある。それでも、苦しんでいる人はいます。三句の法門で見ると、その理由は少しわかる気がします。そもそもの動機がズレている。慈悲ではなく、承認欲求や比較が根本にある。手段ばかり増えて、目的を見失っている。自分や他者の苦を減らす方向に向かっていない。こうなると、外からは成功しているように見えても、内側の苦は消えないのかもしれません。

これは、自分も気をつけないといけないと思います。人力車 誠屋を続けるには、売上が必要です。でも、売上だけを追いかけると、たぶん自分の中で何かがズレます。Google順位だけを追いかけても、予約数だけを追いかけても、フォロワー数だけを追いかけても、同じかもしれません。数字は大事です。でも、数字は手段や結果の一部であって、出発点ではない。菩提心と大悲を見失わないこと。これが、成功しても苦しまないために必要なのだと思います。

誠屋の活動を三句の法門で見る

人力車 誠屋の活動を、三句の法門で整理すると、少し見え方が変わります。

菩提心は、水間門前町に人の流れを作り、訪れた人の記憶に残る時間を作り、地域の可能性を形にしたいという目的です。

大悲は、お客様の後悔や不安を減らし、家族や友人との時間を残し、地域の「知られない」「選ばれない」という苦を少しでも減らすことです。

方便は、人力車、フォトプラン、ふたり旅フィルム、ブログ、Instagram、YouTube、Google投稿、SEO、AI、地域企業との連携などです。

こう考えると、誠屋の活動は単なる観光事業ではなく、地域の苦を減らし、訪れる人の喜びを増やすための実践として見ることができます。もちろん、現実はそんなにきれいではありません。売上の不安もあります。生活の不安もあります。検索順位に一喜一憂することもあります。方向性に迷うこともあります。でも、三句の法門に戻ると、自分が何を大事にすべきかを確認できます。

今の自分に必要な問い

今の自分に必要なのは、たぶんこの問いです。

何のためにやっているのか。誰の苦を減らしているのか。誰の喜びを増やしているのか。そのために、今使える手段をちゃんと使えているのか。手段が目的になっていないか。数字に飲み込まれていないか。承認欲求が根本になっていないか。不安から判断していないか。

菩提心から始まり、大悲を根にして、方便を尽くしているか。この問いを、事業を進める中で何度も確認したいと思っています。

まとめ

2026年5月22日現在。最近、三句の法門について考えています。

菩提心を因とし、大悲を根とし、方便を以て究竟とす。何のためにやるのかを正し、誰の苦を減らすのかを忘れず、そのために現実の手段を使い切る。この教えは、人力車 誠屋の活動にもかなり重なります。

人力車を走らせること。記念日フォトプランを作ること。ふたり旅フィルムを始めること。ブログを書くこと。Instagramを使うこと。YouTubeを始めること。Google投稿やSEO対策をすること。AIを使うこと。地域企業と連携すること。これらはすべて手段です。

でも、手段を使う前に、何のためにやるのかを確認する必要があります。水間門前町に人の流れを作りたい。訪れた人の記憶に残る時間を作りたい。家族や友人との大切な時間を、あとから見返せる形で残したい。地域の「知られない」「選ばれない」という苦を減らしたい。その目的があるから、自分は今、使える手段をすべて使おうとしています。

まだ結果は十分ではありません。迷いも不安もあります。でも、三句の法門に照らして考えると、今やるべきことは少し見えてきます。手段から始めない。目的を正す。慈悲を根に置く。そして、使える方便を尽くす。人力車 誠屋は、まだ途中です。でも、今日もまた、何のためにやるのかを確認しながら、少しずつ進んでいきたいと思います。

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Makotoya

手段の前に、何のためにやるのかを確かめ続けたい

人力車、写真、動画、SEO、AI。使えるものは全部使う。でも、その前に出発点を見失わないこと。今の誠屋には、その確認が何より大事だと感じています。

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